晦−つきこもり
>三話目(真田泰明)
>N10

そうか、俺は戸惑った。
そしてもう一度、ノブをとったんだ。
するとドアが開いたのさ。
さっきは確かに鍵がかかってたのに……。
中はシーンと静まり返っている。
誰も居ないようだ。

鍵が壊れたっていうんじゃなくて……。
誰かが鍵を開けた、そんな感じだった。
家の中は、シーンと静まり返り人の気配はなかった。
不法侵入だな……。

俺の頭にはそんな現実的な考えが浮かんだが、それを実感として受け取ることはできなかった。
このモラルの欠けた行動に、何の抵抗も感じなかったのさ。
そしてさらに奥へと、俺は足を進めたんだ。
静まりかえった家の中は、時折、寒気すら感じる。

この異常な雰囲気が、俺の気のせいなのか、それとも本当に何かがいるのか、まったくわからなかった。
さらに奥へ進むと、廊下は一つのドアに突き当たった。

俺はドアを開けたんだ。
そこはリビングだったのさ。
分譲住宅とは思えない、高級感のある調度品と内装で、誰か特別な人が住んでいると一目でわかった。
そのリビングの壁を見た俺は、あれ……? と思ったよ。
見覚えのある巨大なスチール写真が飾られていたんだ。

俺が大学の時に撮った映画のスチール写真だ。
なぜ、ここに……?
そんな疑問がなかったわけでもないが、俺は、しばらく時を忘れてそれを見つめていたんだ。
フッと、我に返って部屋を見回せば、ヨーロッパ調の家具の上にも、見覚えのある写真が飾られている。

俺は学生の頃、八名ほど集まってサークルを結成して、映画を作っていたんだけどさ。
和田、鈴木、樋口、佐藤、堂園、下谷……、サークル結成当時のメンバーが、そこに写っていたのさ。
懐かしかったよ。
当時は、まだ俺たちも純粋なままでいられた。

視聴率も、スポンサーの意向も関係なく、自分たちの心のままに作れたからな。
みんな、どうしているんだろう?
……なんてことを思っていると、後ろのドアが開いたんだ。
俺が振り向くと……。
そこには、北崎洋子が立っていた。

「バレちゃったのかな」
彼女が悲しそうな顔をして、そういった。
「北崎さん、どういうことですか?」
俺は、当惑していたよ。
「ふふっ、あいかわらずね。私のことわからない?」
……わからなかった。

知り合いが有名女優になっていたら、知らないはずはないんだが……。
北崎洋子……。
北崎、北崎……。
えっ!?
その時まで、全然考えもしなかったんだが、『北崎洋子』っていうのは、俺が作った映画の登場人物の名前だったんだ。

俺は、もう一度壁のスチール写真を見たよ。
一番、思い入れのあった作品だった。
「北崎さん、あの映画を……」
当時、彼女が見てくれていた……、そう思ったんだ。
ところが、彼女の口から出た言葉は、

「一緒に作った……」
……意外な答えだった。
そんなはずはない、当時のスタッフに彼女のような人はいなかった。
「わからない? そうね、私、整形しちゃったし……」
そういえば、そうだったんだ……。

じゃあ、整形する以前はいったい……?
「やりたかったな、あの時、北崎洋子の役」
あの時は、北崎洋子役は星野美江という、後輩の女の子が演じたはずだ。
そういえば……。
あの時、あの役にこだわっていた女の子がいた。

サークル設立当時から一緒に活動してきた子だ。
確か、名前は……。
「武井……?」
「あは、やっと思い出してくれた」
彼女は、やっと嬉しそうな顔したよ。

「やりたかったのよ、あの役。それで、けっきょく役者になっちゃった。ふふっ、今じゃ一日中、北崎洋子を演じているのよ。素敵でしょ」
学生時代の彼女は、俺のもとでタイムキーパーをしながら、いろいろ雑用をこなしてくれていたんだ。

「真田君、わかる? なぜ、北崎洋子役をやりたかったか」
彼女が役者志望だったなんて、聞いたことはなかったし。
在学中に作った十本近い作品で、彼女は、一度も役者として出演することはなかった。

「いや……」
「真田君、覚えていない? あの北崎洋子、俺の理想の女性像だっていってたの……」
彼女のその言葉で、俺は、当時のことを思い出したんだ。
確かに映画の中の北崎洋子は、純粋で、純粋であるが故に犯罪を繰り返してしまう……。

愛する人のために犯罪を繰り返し、最後にその愛する人まで殺してしまう。
……という話だったんだ。
当時の俺は、そんな純粋さに潜む悪の美学に陶酔していたんだな。

「真田君も、立派な若手プロデューサーね」
彼女は母親の様な顔をして俺の顔を覗き込む。
「私も頑張ったのよ。真田君を立派なプロデューサーにするために……」
俺には、一瞬、彼女の言葉の意味がわからなかった。
(あっ……)

あのラストシーンでの台詞だ。
(まさか、彼女、俺のために……)
嫌な予感がよぎった。
確かに、俺のこの十年間はラッキーだったんだ。
ライバルの失踪、スクープ、俺が困っている時はいつも何かが起きた。

俺が初めて才能を認められたのも、彼女を中心とした女優の特集を組んだ時だ。
どうしたんだい? 葉子ちゃん。
1.ちょっと妬いちゃう
2.ちょっと怖い


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