晦−つきこもり
>三話目(真田泰明)
>AI3

よくわかったね。
もしかして、俺が力を認められた番組が北崎洋子に関するものだったから、それを思い出していってくれたのかな。
ちょうど、北崎洋子と沢野明美のヒロインの座を争っての確執が、世間で騒がれていた頃でさ。

スキャンダルだらけの時代だからこそ……ということで、俺は、女優というものを正面から捉えた特集を組んだんだ。
その番組は視聴者だけでなく、芸能界の人たちの共感も得ることができた。

それで今回も北崎洋子のスクープにかけたんだよ。
俺は、何人かの記者を取材にあたらせた。
そして、その中の記者の一人が有力な情報を入手してきたんだ。
沢野明美は、人知れず引退したと思われていたんだけどさ。

実は、彼女は失踪していたんだ。
その頃、北崎洋子と沢野明美は、あるドラマのヒロイン役をめぐって対立してたんだ。
俺は愕然とした。
俺が世間に認められたドキュメントに、見落としがあったということになる。

もちろんその記者には悪気はない。
俺は迷った。
下手に手を出すと、俺の仕事に対する自信にヒビが入りかねない。
しかし俺はそのドキュメントを改めて完成させ、自信を更に強めようと考えたんだ。

つまり当時のドキュメントの、完全版を目指すことにしたんだ。
俺はその取材に本格的に取り組むことにした。
そして記者の集めた情報を元に、関係者のインタビューを開始。

あの時の番組を高く評価してくれてる人が多く、取材にはみんな協力的だったよ。
俺は、選択を誤ってはいないことを、あらためて確信したのさ。
取材はその後の北崎洋子や芸能界、そして当時は取り上げなかった彼女のデビュー前にも及んだ。

膨大に集まってくる資料だが、俺の勘に引っかかったのは、ほんのわずかだった。
それは北崎洋子と沢野明美が、頭角を表したのが同時期であるということ。
そして、二人とも以前は、パッとしない女優だったということだ。
これだけさ。

まったく、こんなんじゃ記事にもならないよな。
俺は、何とかして突破口を見つけようと必死だった。
そんなある時、俺は沢野明美が頭角を表してきた当時、不思議な石をお守りとして持っていたという情報を、突き止めたんだ。

俺は、自分がお守りにしている石のことを思い出したんだ。
俺の石は、子供の頃、この家の近くで拾った物だった。
なんとなくその時から、お守りとして持ち歩いていたんだよな。
それまでは、ただの気休めかと思っていた。

しかし、もし沢野明美が頭角を表した理由が、その石にあるとすると、何か特別な力があるものなのかもしれないと思えてくるだろ。
だけどさ、彼女の持っていた石が、俺の石と同じとは限らないじゃないか……って、すぐに考え直したんだ。
パワーストーンってあるだろ?

ブームにはまだ早かったけど、彼女の石はあの一種なんだと思ったのさ。
そして、俺は更に取材を続けたんだ。
すると偶然にも、北崎洋子もそういう石を持っているという、情報が入ってきたんだ。
沢野明美、北崎洋子、そして俺……。

俺達三人に、いったい、どういうつながりがあるのか。
一人で思い悩んでても、答えは見つからないからさ。
俺は、北崎洋子に直接ぶつかることにしたんだ。
彼女のインタビュー当日、俺は石のことをダイレクトにぶつけたのさ。

彼女も俺と同様に、その石について、幸運のお守りという認識をしているようだった。
「そうですか。もしよろしければ、その石を見せていただけませんか」
「いいですよ」
そして、彼女がバッグから取り出した石は……。
俺と同じ石だ……。

俺はそう確信したよ。
形は少々違うが、同じ質の物だということに、間違いなかった。
彼女は、その石の入手先については、ファンからもらったとだけ答えてくれたんだ。
それ以上のことは、彼女自身にもわからなかったのさ。

インタビューは、和やかなまま終わったよ。
だが、俺は漠然と何か得体の知れないものの存在を感じていたんだ。
誰かが、この事件の裏で動いている、そんな気がした。
俺は、もちろん沢野明美の取材にも行ったよ。

しかし、彼女の両親や事務所関係者は、その石のことは何も知らず、石の行方はわからない。
俺は当時の関係者の証言を求め、奔走した。
そして、やっと沢野明美の友人の一人が、その石のことを思い出してくれたんだよ。

沢野明美も、やはりファンと名乗る男から、その石を贈られていたんだ。
俺は、やはり誰かが……という疑いを強めた。
そして、俺は沢野明美の失踪の原因へと、取材対象を移していったんだ。

当時、北崎洋子は度重なる事故にあい、沢野明美が関係しているんじゃないかって、囁かれていたこともあった。
くだらない中傷さ。
しかし、沢野明美は噂をさけるかのように、芸能活動を休止。

最初のうちは、病気のため療養中と騒がれもしたが、世間から忘れ去られるのは意外と早かったよ。
彼女は、その後人知れず引退した。
これが当時もっとも有力だった情報さ。
しかし、事件の真相では、沢野明美は行方不明だった。

彼女はドラマの撮影中、緊急入院したことになっているから、たぶんその時に失踪したんじゃないか?
その予感は的中したんだ。
幸運なことに、そのドラマは、うちの局のものだった。
だから、俺は、局内のコネを利用して何とか情報を掴むことができたんだ。

沢野明美が失踪する直前、ドラマのロケが新宿で行われていたのさ。
その時、彼女の車が事故を起こしたというんだ。
しかし、その事故現場には、彼女の姿はなかったそうだよ。
マスコミに事故のことで騒がれることを恐れて、姿を隠したとも思われた。

だが、それっきり彼女は姿を現さなかったんだ。
その事故について、彼女に過失はなく、一方的に相手が悪かったらしい。
彼女が姿を隠す必要はなかったのさ。
沢野明美の失踪についてはここで行き詰まった。

しかたなく、俺は、北崎と沢野の確執の原因に調査対象を移したんだ。
その原因については、当時の取材を通じてある程度わかっていたからさ。

当時は、ゴシップ的な報道に反感を覚えて、あのドキュメントを作ったわけだから、全容をすべて把握していたわけじゃない。
俺は、当時のつてを頼って取材を始めたんだ。
確執の原因が、ドラマのヒロインを巡る争いだったのはわかってるんだ。

俺は、そのドラマのプロデューサーに会うことにしたのさ。
そのプロデューサーとは同じ局の人間同士、けっこう仲が良かったからさ。
「佐藤さん、あの時、なんで決まりかけていた沢野明美をおろして、北崎洋子を抜擢したんですか?」

「何いってるんだよ。一緒に飲んだ時、おまえが推薦したんじゃないか。まあ、飲んだうえでの雑談だったから、覚えていないのも無理ないか」
意外な答えだった。
俺は、言葉を失ってたよ。
そんなことをいった覚えが、まるでなかったからさ。

彼と別れた後も、いろんな情報が頭の中で渦巻いていた。
いったい、どういうことなんだ……?
北崎洋子、沢野明美、確執、石……。
彼女たちの確執には、どうやら俺が絡んでいるようだ。
そして、彼女たちに石を渡した謎の男……。

いろいろなことが、結びつきそうで結びつかないでいる。
取材をしている記者たちも行き詰まり始めていたよ。
沢野明美の行方は、依然として知れなかった。
せめて沢野明美か、石を渡した謎の男が見つかれば……。
そう思ってたさ。

しかし事態は、なかなか進展しなかったんだ。
そんなある日。
俺が、いつも通り起きると、左手に傷があったんだ。
そんなところを怪我した覚えはなかった。

不思議ではあったが、知らないうちにどこかで切ったんだろうと思い込むことにして、気にしなかったんだ。
確か、その日だったよ。
出勤した俺のところに、北崎洋子から連絡があったのは……。
石を贈った男が、昨日の夜中のロケを見に来ていたというんだ。

彼女の話によると、男は車に乗って来ていたらしい。
俺が驚いたのは、その男の車は、俺の車と同じ車種だったんだ。
俺は、何となく気になって、電話を切った後、自分の車のところに行ったんだよ。
するとさ……。

ハンドルに、かすかに血がついていたんだ。
今朝気付いた手の傷の血のようだった。
そして昨夜、満タンにしておいたはずのガソリンが、ほとんど空っぽになってたのさ。
どういうことなんだ……?
俺には、わけがわからなかった。

だが、二人の女優を巡る事件には、俺が関わっている、そう確信し始めていた……。
葉子ちゃん、今までの話を聞いて、どう思う?
1.(夢遊病じゃあ……)
2.気のせいよ


◆一話目〜二話目で石の話を聞いている場合
2.気のせいよ