晦−つきこもり
>四話目(前田良夫)
>A6

だろ?
それで、夕方帰る途中にさ。
俺、園部茜を見たんだ。
俺とか、江藤が出歩いてんならともかく、まじめそうな園部がだぜ?
茶色くて、でっかい犬を連れてたなあ。

散歩かと思ったんだけど、学校の方へズンズン行くんだ。
その顔が、なんか怖くてさあ。
声かけられなくて、何となく後をつけちゃったんだ。
園部は、振り向きもしないで、まっすぐ校門の中に入ってったよ。

うん、犬を連れたままさ。
ついてったら、あいつはビニールシートがかかったままの檻の前に立った。
中にはまだ、生き残ったウサギたちがいるはずだ。
なのに、園部はシートをめくって、扉を開けちゃったんだ。

ほとんど同時に、犬が檻の中に飛び込んだ。
ものすごいうなり声と、何かが暴れ回ってる音がしたよ。
目隠しのビニールシートが、バサバサーッと揺れるんだ。
俺のところからは、何が起こってるか見えなかった。

だけど、シートをめくりあげて、中を見ている園部の表情……!
ガウガウ吠えまくる犬が、中で暴れ回ってるのに、それを見て笑ってるんだよ。
突然、ピシャッて園部の顔に血が飛んだ。
それをふきもしないで、じいっと立ってるんだ。

なんだか……すごく嬉しそうに見えたよ。
しばらくして、静かになった檻から、犬が出てきた。
広い胸から腹にかけての毛は、黒く色が変わってたぜ。
あれ、たぶん血だと思うんだ。
俺びっくりしてさ、下がったときドジって、落ちてた空き缶けっちゃったんだ。

「誰っ!?」
グワッと血走った目を見開いて、振り向いた顔は、別人みたいだった。
俺を見つけると、ピタッと動き止めてさ。
「……見たわね…………」
ギラギラした目が、糸みたいに細くなった。

次の瞬間、園部はまっすぐ片手をあげたんだ。
俺に向かって、まっすぐに。
ガウッ!
あいつの側にいた犬が駆け出した。
血の混じったよだれを垂らしながら、俺めがけて走ってくる。

ヤバイ!!
俺、回れ右して走り出した。
後ろから、ガウガウいう声が追いかけてくる。
足には自信あるけど、犬に勝てるわけないじゃん。
もう少しで校門にたどり着くってところで、シャツのすそがガンッと引っ張られたんだ。

「わあっ!」
俺は、バランス崩してコケちゃった。
その勢いで、地面に頭打ってさ。
ヤバイ、殺される……って思いながら、キゼツしちゃった。
…………気がつくと、お巡りさんが俺をのぞき込んでた。

「こんなところで、寝てるヤツがあるか。早く家に帰りなさい」
「ええっ?」
俺は飛び起きたよ。
日が暮れて、真っ暗な校庭には、俺たち二人以外、誰もいなかった。
俺は、一人で寝てたんだって。

お巡りさんには笑われるし、家帰ったら母ちゃんに怒られるし、もうさんざんだったぜ。
でも……俺が夢見てたわけじゃないんだ。
その証拠に、シャツの背中が破れてたもん。
だけど、なんで俺は、ケガしてなかったんだろう?

でっかくて、ものすごい牙だった。
俺なんか、簡単に食っちゃうだろうにさ……。
次の日、学校行くのが、やだったぜ。
園部と顔合わしたくなかったしさ、きっとまた、大騒ぎになってるだろうし……。

ところがさ、俺の予想は大はずれだったんだ。
ビニールシートの檻の前には、誰もいやしない。
「前田、早く教室に入らんか」
気がついたら、おっかない顔した先生が、俺をにらんでた。

たぶん、先生たちは、ウサギが殺されてるのを、知ってたんじゃないかな。
だから、檻に近づけないようにしてたんだ。
ビニールシートのせいで、遠くからじゃ、中がどうなってるのか、わかんないもんな。
きたねえよなあ。

それで、授業が終わって放課後、園部が近づいてきたんだ。
小さな包みを差し出して、ニッと笑ってさ。
「これ、調理実習で作ったの。
食べて……」
背中がゾオーッとした。
なんだかわかんないけど、こいつが俺に何かくれるなんて、よくない物に決まってら。

毒かもしれない。
もしかしたら、呪いのアイテムかもしれない。
葉子ネエ、葉子ネエだったら、どうする?
1.もらって食べる
2.もらって誰かにやる
3.もらわない