晦−つきこもり
>五話目(真田泰明)
>F3

ははっ、正解かな。
まあ知っていたのかも知れないけど、最近水中マイクみたいなものがあるんだよ。
でもそのときは、それを使わなかった。
クジラが声に警戒して、近づかないかもしれないからね。
そしてこのとき、事件が起きたんだ。

水中の撮影班はカメラマンに、一人のダイバーがサポートに付き、二人で構成されたんだ。
カメラマンは横山さんというベテランで、サポートのダイバーは渡辺といった。
渡辺はボードに何か書くと、横山さんに渡す。

クジラ現れませんね

彼は手に持って、それを見ると、何かを書き込んで渡辺に渡したんだ。
渡辺は、ボードを受け取る。

あせるなよ

渡辺はそのボードを見ると、手でOKのサインを出した。
彼等はまた、クジラの出現を待ったんだ。
それから十分か、十五分経ったときだった。
辺りの水流が、乱れだしたんだ。
そして彼等の前に、突然クジラが現れた。

クジラは真下から浮上してきたんだ。
彼等はクジラの周囲の激流に流された。
周囲は気泡で覆われ、視界を奪われる。
二人は水流に流されるままだ。
そして次に渡辺が冷静になったとき、彼は海底に沈んでいた。

彼等は撮影のため、重めのウエイトを付けていたんで、海底まで沈んでしまったんだ。
辺りには海草もなく、妙に殺伐としている。
渡辺は水深計を見た。
(八十メートル………)
彼は当惑した。
(早く浮上しなければ………)
そして彼は海底を蹴ったんだ。

しかし何かに引っ張られるように彼の浮上はとまった。
彼は振り返る。
するとそこには横山さんがいた。
彼はボードを渡辺に向ける。

たすけてくれ

横山さんには、何か金属のようなものが引っかかっている。
渡辺は横山さんのところにいった。
しかし金属は足を押さえこむように横たわっている。
渡辺には、どうすることもできなかったんだ。
彼は息苦しさを感じ始めた。
そしてタンクの気圧を見る。

もうエアーはほとんどなかった。
(どうする………)
彼は当惑した。
(横山さん………)
そして心の中でそう呟くと、彼は浮上し始めたんだ。
(………………)
もう何も考えずに、彼は海面に出た。

かなり遠くに、船が浮かんでいる。
(た、助かったのか………)
そして彼は程なく、ボートに引き上げられた。
「横山さんは………」
俺は少し落ち着きを取り戻した彼に、そう聞いてみた。

「いや、わかりません………、俺達、クジラに………、流されて………」
彼は途切れ途切れにそれだけいうと、沈黙したんだ。
俺はダイビングができるスタッフ全員に、捜索を指示した。
そして俺は、海上保安庁に連絡したんだ。

捜索は、それから二日間つづいた。
しかしスタッフも、海上保安庁も、横山さんを見つけることはできなかったんだ。
まあ後で考えると、八十メートルの深海までは誰も捜索しなかったからね。
捜索の間、渡辺は民宿で寝込んでいた。

八十メートルの深海から急に浮上したせいだ。
それでその事件から、一週間後、撮影は再開することにした。
一週間寝込んでいた渡辺も、そのころには体調を取り戻したようだった。

スケジュールは大幅に遅れていたけど、みんなが横山さんの為にもといって、続行を願っていた。
まずは、中断したクジラの水中撮影からということになった。

ところで葉子ちゃん、このとき渡辺の奴、どうしたかわかるかい。
1.具合が悪いといって来なかった
2.自分も横山さんのためにと来た
3.別な場所で撮影をしようといった