学校であった怖い話
>七話目(風間・岩下)
>A8

「……君を信じているよ」
もう、僕には元木さんの言葉を信じるしかない。
この部屋に入ったときから感じていた不穏な空気は、気のせいなんかじゃない。

間違いなく、何かがやってくる前兆を示していたんだ。
元木さんは、とても嬉しそうに笑ってくれた。

いつの間にか、風間さんも自分の席に戻っていた。
さすがに、彼自身もドアを開ける勇気はなかったらしい。

「やっぱり、いる。神田さん、この部室のドアの前にいるよ。おばあちゃんがいってたもの。神田さんはね、誰でもいいから一人殺さないと成仏できないんだって。自分と同じように、誰かの首を取らないとだめなんだってさ」
元木さんは、静かに呟いた。

誰もが、沈黙した。元木さんは、話を続けた。
「……この中にね、神田さんを殺した人がいるんだよ。どういう理由があったのか、どうして殺さなければいけなかったのか、それは追求しないわ。でもね、その人が犠牲になるべきだと思うよ。それが誰かはわからないけど」

「冗談じゃないぞ! 俺は帰る!」
風間さんが立ち上がった。
そして、窓に駆け寄った。
「……なんてこった! 窓が開かないじゃないか! こんな窓、たたき割ってやる!」

椅子を手にして窓にたたきつけようとする風間さんに、元木さんは至って冷静に声をかけた。
「……何をしてもだめなの。この部屋は、神田さんに呪われてるから。
完全に密閉されてるわ。出口はないの。誰か一人が死ぬまで、この部屋からは永久に出られないの」

「お前が殺したんだろ! お前が責任を取って犠牲になるべきじゃないのか、岩下!」
新堂さんは、ポケットに両手を突っ込み、だらしなく足を投げ出した格好で岩下さんに睨みをきかした。
……岩下さんは、ただドアの一点を睨みつけ、新堂さんには目もくれず言葉だけ返した。

「……証拠は? 私が殺した証拠があるの? 証拠もないくせに勝手なこといってると、殺すからね」
福沢さんも黙っていなかった。

「あんたね! あんたが、私の神田さんを殺したんだわ! 私のことを好きなんていって、私と神田さんがつき合うことに反対だったのよ。だから、神田さんが憎くて殺したんだわ! 責任とってよ!」

福沢さんが、罵声を浴びせたのは細田さんだった。
細田さんは、今にも泣き出しそうな顔で困っている。

「……福沢さん、そんなこといわないで。君は、神田なんて男のこと好きなっちゃいけないんだから。君は、僕の女神様なんだから。僕はね別に福沢さんとつき合いたいとかそういうことをいってるんじゃないんだよ。見てるだけでいいんだから。遠くから、君のことを見て想像するだけで幸せなんだからさあ」

ついに、細田さんが泣き出した。
……いったい、何なんだ。この人たちは、何なんだろう。

「……ほら、神田さんが怒っているよ。どうする? このままだったら、神田さんが部室に入ってきちゃうよ。そうしたら、みんな殺されちゃうんだから」
元木さんがそういったときには、もう手遅れだった。

ドアは超常的な力で消し飛び、そこに一人の男が立っていた。
……多分、神田さんなのだろう。
多分というのは、僕が神田さんのことを知らなかったという意味もあるが、それ以前に彼には首から上がなかった。
頭をもたない学生服の男が、そこに立っていた。

「俺じゃない! 俺が岩下にちょっかいを出したことは謝る! でも、お前を殺したのは俺じゃないだろ?」
風間さんは卑屈な迄に土下座し、許しを乞うた。

「お、俺は悪くない。俺がお前にしたのは、ちょっとした悪ふざけだ。
お前をいじめたつもりはないんだ。
……あ、あれは、ちょっとしたお遊びなんだよ!」
新堂さんは逃げ腰になり、震える声で必死に謝った。

「……か、神田さん。あれはちょっとした冗談だったの。あんまり岩下さんがあなたとの仲を見せつけるから、横取りしてやろうと思っただけなのよ。別に、振るつもりはなかったのよ。ごめんね、ごめんね……私のこと殺さないで!」
福沢さんは、顔をくしゃくしゃにして、手を合わせ祈っている。

「……ぼ、僕じゃないことは知ってますよね? 僕は関係ないんだ。そりゃあ、福沢さんを奪ったあなたのことが憎くて、階段から突き飛ばしたり、靴の中に画びょうを入れたりしたけど、そんなことで死なないでしょ? 僕じゃ、ないですよ」
細田さんは、部屋の片隅に身体を押し込むようにして、少しでも遠くに逃げようとしている。

……荒井さんは何もいわず、逃げようともせず、ただじっと座ったままうつむいている。

「……あんたなんか、殺されて当然だわ。誰が殺したっておかしくないもの。誰もが、あんたのことを殺したいと思っていたんじゃないかしら? 私が憎い? 私が殺したと思っているの? ……だったら、私を殺せば?」

岩下さんもまた逃げようともせず、椅子に座ったまま、神田さんのことを睨みつけた。
……それにしても、ただ一人沈黙を守る荒井さんを除いて、誰が神田さんのことを殺していてもおかしくない状況だ。

たとえ神田さんが自殺だったにせよ、誰かのしたことが、その引き金になっていてもおかしくない。
その時、僕の頭の中に不思議な声が響いた。
それが、神田さんの声であることを僕は直感で悟った。

<……誰を殺せばいい。誰を殺せば、俺は救われる? ……この中の誰か一人。お前が決めろ>
僕は、部室を見回した。
どうやら、その声が聞こえているのは僕だけのようだった。
声は、僕に選択を迫った。
この中の誰か一人を犠牲者にしなければならない。

どうする!
1.岩下明美
2.風間望
3.新堂誠
4.細田友晴
5.荒井昭二
6.福沢玲子
7.自分
8.元木早苗